・若いころは希望の火が赤々と燃えていた。歳をとると口火がついているだけで幸せだ。
by『我が道を往く』
と、映画の名文句をご紹介しながら、いつものように始まりましたが、皆様、ごきげんいかがですか。
木下杢太郎さんの顔
友の額《ひたひ》のうへに
刷毛《はけ》の硬さもて逆立《さかだ》つ黒髪、
その先すこしく渦巻き、
中に人差指ほど
過《あやま》ちて絵具の――
ブラン・ダルジヤンの附《つ》きしかと……
また見直せば
遠山《とほやま》の襞《ひだ》に
雪|一筋《ひとすぢ》降れるかと。
然《しか》れども
友は童顔、
いつまでも若き日の如《ごと》く
物言へば頬《ほ》の染《そ》み、
目は微笑《ほゝゑ》みて、
いつまでも童顔、
年《とし》四十《しじふ》となり給《たま》へども。
年《とし》四十《しじふ》となり給《たま》へども、
若き人、
みづみづしき人、
初秋《はつあき》の陽光を全身に受けて、
人生の真紅《しんく》の木《こ》の実
そのものと見ゆる人。
友は何処《いづこ》に行《い》く、
猶《なほ》も猶《なほ》も高きへ、広きへ、
胸張りて、踏みしめて行《い》く。
われはその足音に聞き入《い》り、
その行方《ゆくへ》を見守る。
科学者にして詩人、
他《た》に幾倍する友の欲の
重《おも》りかに華やげるかな。
同じ世に生れて
相知れること二十年、
友の見る世界の片端に
我も曾《かつ》て触れにき。
さは云《い》へど、今はわれ
今はわれ漸《やうや》くに寂《さび》し。
譬《たと》ふれば我心《わがこゝろ》は
薄墨いろの桜、
唯《た》だ時として
雛罌粟《ひなげし》の夢を見るのみ。
羨《うらや》まし、
友は童顔、
いつまでも童顔、
今日《けふ》逢《あ》へば、いみじき
気高《けだか》ささへも添ひ給《たま》へる。
忘れ草生ふ住吉の
松原つゞき茅渟の浦
つらはなれたる雁金の
音になくあたり忍べ君
......と、與謝野晶子の一文を引用する與謝野晶子マニアでもあるニュースマニアです。
テレビはニュースしかみませんね。バライティよりもやっぱり、ニュース。人の価値はニュースを見るか見ないかで決まる......と、ちょっと強引ですが、そう思っています。
さてさて、今宵は、こんな記事がありましたとさ
"よど号事件"どんな事件だった?
事件から38年経った現在でも、よど号事件は終わってはいないのだ。なぜ、よど号メンバーは北朝鮮に向かったのか。今思えば、ただ反抗したかっただけだと思うよ(笑)。「学生運動といっても、ほとんどの学生は共産主義や社会主義なんてわかってなかった。ちゃんと日本側が調査すべきだ、と俺は思うよ」(同)アメリカが、北朝鮮をテロ支援国家と指定した際の根拠のひとつも、よど号メンバーの滞在を許していることだった。当時の学生は、今では信じられないほど政治的で、本気で革命を目指す集団まであった。それに反対するのが一番アピールしやすかったんだ」それにしても、どうしてハイジャックをしてまで、よど号メンバーは北朝鮮に亡命したかったのだろうか。
http://news.livedoor.com/article/detail/3745727/
......とかいったことが、あったですねええ。
ハアー 五里も六里も (ハ ドゥシタ ドシタ)♪
山坂コラ越えてヨー (ハソレカラドゥシタ)♪
さて、"よど号事件"どんな事件だった?についてですが、ネット上にはこれだけの情報が散らばってます↓
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... しか思えない。北の傀儡であるよど号事件 ... 勝共中曽根の一の子分だった。オウム事件で ... 南北の洋上衝突....どんなシナリオが ...
よど」のブログ検索結果:イザ!
邪魔者だった「よど号犯」 日本革命の根拠地から“追放” よど号事件を ... よど号事件実行犯の引き渡しにどんな意味がある… ...
共同全記事
... の部品やたばこの貿易を本格的に始めるところだった」 と説明。よど号事件の ... ど関心を持っておらず、背後にどんな組織があるかに ...
雨の降らんのに 草牟田川濁る 伊敷原良の オハラハー 化粧の水♪
(ハッ ヨイヨイヨイヤサット)♪
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